終了する米国の量的金融緩和(QE)を振り返る

2014年10月末に、米国連邦準備制度理事会(FRB)は量的金融緩和(quantitative easing : QE)による金融機関等からの資産追加購入を停止することを発表しました。その意味や今後の影響に関してはすでに沢山の解説や論評が出ていますので、ここでは長く続けられた量的金融緩和の実績と結果について、FRBのデータをもと振り返ってみたいと思います。まず最初は、マネタリーベース(Monetary Base)の推移です。
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最初の量的金融緩和(これはのちにQE1と呼ばれるようになりました)は、連邦準備銀行が合計1兆7,250億ドルの金融機関資産を買い入れるという発表から始まりました。内訳は、不動産担保ローンのキャッシュフローに裏付けされた証券(Mortgage Backed Securities : MBS)1兆2,500億ドル(全体の73%)、自動車ローンなど消費者信用債権のキャッシュフローに裏付けられた証券(Asset Backed Securities : ABS)など1,750億ドル(全体の10%)、そして米国債3,000億ドル(全体の17%)とされました。QE1は、2008年11月から2010年6月までの間に実行されました。QE1は、2008年9月15日の投資銀行リーマンブラザースの倒産をきっかけに生じた金融危機に対して、流通性(譲渡性)が失われた証券化金融商品を金融機関から大量に買い上げ、同時にそれによって金融機関の連邦準備銀行支払準備預金をかつてなく分厚く積み上げさせて、信用不安の芽を素早く摘むことを明確に力強く宣言するものでした。資産の大量買取というかつて行われたことのない思い切った政策を素早く発表することで、米国の信用秩序の維持が図られ金融危機は回避されました。QEの意味や意義については様々な見解がありますが、ここでは、債権の「証券化(securitization)」が進んでいたことが連邦準備銀行の資産買い上げと金融証券市場への直接的政策効果実現を容易にしたという点を挙げたいと思います。

FRBは、不動産担保債務残高(Mortgage Debt Outstanding : MDO)の詳しい統計を定期公開しています。それを使って、ここでは1980年第1四半期から2014年第2四半期までの各四半期末の債権保有者別の不動産担保債務残高(MDO)の推移をグラフにしてみました。

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参考のために(名目)GDPの推移も加えてみました。GDPはフローでMDOはストックですから両者に直接的な関連性はありませんが、規模感を掴むことができます。たまたまだと思いますが、ピークの2008年の第2・第3四半期のMDOは、ほぼGDPと同規模だったことが分かります。不動産がらみの借金総額(MOD)がちょうど1年間の稼ぎ(GDP)を上回るほどまで膨らんだところでクラッシュが生じ、そこからGDPとMDOの両方とも減少に転じました。GDPはその後すぐにまた上昇に転じていますが、MDOの方はそれよりずっと後まで減少を続けました。

MDOのうち過半は証券化するためにまとめてプール(pools or trusts)されていました。住宅ローンのような小口の債権を大量にプールしたもののキャッシュフローは大数の法則が働いて予測精度が高まるので、優先償還部分(トランシェ)の償還確実性が非常に高くなるからです。しかし不動産市況の低下によってその信用度が大きく揺らぎ発行と流通が止まりました。そこで、プールされた債権の半分くらい(全債権の4分の1くらい)が、QE1によって、連邦住宅抵当公庫(Federal National Mortgage Association, FNMA : 通称「ファニーメイ」)と連邦住宅金融抵当公庫(Federal Home Loan Mortgage Corporation, FHLMC : 通称「フレディ・マック」)に移転しました。(買い上げた連邦準備銀行は小口大量の住宅ローン債権を管理することはできないので、債務保証履行などで(?)これらの(準)公的専門機関に買い上げた債権を移転したと推定されますが、それについては具体的な検証はできていません。)

MDOは、新規融資によって増加し、約定償還と期限前償還と担保不動産処分回収と債権償却によって減少します。MDOが2008年第2四半期をピークに急激な減少に転じたのは、新規融資が減少し、担保不動産処分回収と債権償却が急増したためと考えられます。それからほぼ6年経った2014年第2四半期には、MDOの減少は止まって、増加に転じようとしているように見えます。したがって、MDOの不良債権処理は6年をかけて概ね終わったと推定できます。

FRBは、消費者信用(Consumer Credit)残高についても詳しい統計を定期的に公開しています。それを使って、ここでは1980年1月から2014年8月までの毎月末の債権保有者別の消費者信用残高の推移をグラフにしてみました。

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こちらにも参考のために(名目)GDP(の15%)の推移を加えてみました。やはりGDPはフローで消費者信用残高はストックですが、消費者信用残高の伸びは、GDPの7割程度を占める個人消費の伸びと密接に関連していると考えられます。MDOは概ねGDPと同規模でしたが、消費者信用残高は概ねGDPの15%(したがって年間個人消費の20%、月間個人消費の2.4倍)程度の規模であると推計されます。

消費者信用残高のうち20%程度はプールされて資産担保証券(Asset Backed Securities : ABS)に証券化(Securitized)されていました。しかし、2008年金融危機以降は流通性(譲渡性)が失われてほとんど証券化されなくなっています。証券化によってオフバランスができないと金融機関に債権が蓄積し、与信を拡大するには追加資金が必要になります。そこで、政府や連邦準備銀行などが債権を買い上げることによって消費者信用拡大のネックを緩和しました。

消費者信用残高は、2000年にGDPの15%を上回り、2009・2010年に一時的に減少しましたが、2010年末からGDPを上回る増加を続けています。消費者信用は不動産担保債権よりもはるかに回転期間が短いので、概ね2年程度で不良債権処理は終えたものと推定できます。しかし、証券化は未だ低調のままで、政府の関与が続いています。民間投資家のスタンスがまだ変わらないためでしょうか。その意味では金融危機の完全な終息にはまだ至っていないとみることもできます。

このように、QE1は、金融危機回避の目的を持っていましたが、QE2は、大きく落ち込んだ(名目)GDPや雇用の回復を促進する目的で実施され、2010年11月から2011年6月まで、米国債6,000億ドルの買い入れが行われました。2010年第1四半期に増加に転じた(名目)GDPはその後も回復を続けましたが、QE2がそれにどれだけ貢献したかは明確ではありません。

(名目)GDPは比較的順調に回復軌道に戻ったものの、それに比べて金融危機で大きく失われた雇用の回復は下のグラフのようになかなか進みませんでした。

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そこで、更に2012年9月からQE3を行うことが発表されました。QE3は、米国債450億ドル・MBS400億ドル・計850億ドルを毎月買い上げ続け、2013年12月までの16ヶ月間で総額1兆3,600億ドルを買い上げるというQE1に匹敵する大規模なものでした。上のグラフのように、QE3を実施した間に雇用は相応の回復をみました。しかし、この雇用の回復にQE3がどれだけ貢献したかは必ずしも明確ではありません。

2013年6月にFRBは量的金融緩和(QE)をどのように終わらせるかという出口戦略(exit strategy)を公表しました。このときは株価が大きく下げるなどの市場の反応がありました。2014年に入ってから、毎月の買い上げ規模が段階的に縮小され、2014年10月に買い上げの停止発表に至りました。これは1年以上も前から予告されていたことなので、市場は落ち着いて受け入れ、むしろ株価は最高値を更新しました。このように、量的金融緩和政策の発表は市場のセンチメントに大きな影響を与えることは明らかです。

さて、量的金融緩和(QE)は中央銀行が金融機関資産の大規模な買い取りを続けることですが、それは「通貨」の存在量(Money Stock)を増加させて物価を上昇させ、ひいては経済活動を活性化させるとされています。FRBは、当然、量的金融指標(Manetary aggregates)の統計を公開しています。それを使って、ここでは1980年1月から2014年9月までの毎月末のM1およびM2残高の推移をグラフにしてみました。

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こちらにも参考のために(名目)GDP(の50%)の推移と、1980年1月末M2から年率6%増加する目安線(点線)を加えてみました。たまたまだとは思いますが、M2とGDPの50%とM2年率6%増加線は2008年まではずっと近似していました。2008年以降(名目)GDP(の50%)は、年率6%目安線(点線)の下方に大きく離れてしまいました。それでもM2が年率6%目安線(点線)レベルに維持されてきたのは量的金融緩和(QE)が行われてきたことによるものと推定できます。

QEが続けられた結果、M2は2008年以降GDP(の50%)を上回るピッチで増加を続けてきています。したがって、これ以上量的金融緩和(QE)を続けると、物価上昇率が高まり過ぎて悪性のインフレに陥ってしまう懸念が芽生えてきます。FRBが、6年続けてきた量的金融緩和(QE)を終了することを決めたのは、その効果と弊害を総合的に勘案した結果だと考えられます。

米国のFRBが終了を決定した数日後に、日本の日銀は量的金融緩和の規模を拡大する発表を行いました。市場はこれを好感して株価は急騰しました。量的金融緩和は中央銀行が金融機関の資産を大量に買い入れると「宣言をする」ことで市場のセンチメントを資産インフレ方向に誘導する効果があることは間違いありません。それはそれで重要なことです。しかし、米国のFRBのQEは住宅ローン市場や消費者金融市場に直接的に好影響を及ぼすような資産の買い取りを行いましたが、日本の金融機関の資産には日本国債以外に中央銀行が大量に買い取れるようなめぼしい資産はありません。したがって、直接的な効果は、国債の流通発行環境を改善する以外にありません。あとは理論上の間接的波及効果によって日本の経済活動が活性化することを祈るしかありません。


 



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