硫黄島からの手紙

 夕刻に有楽町マリオンの朝日ホールに行く用があったので、折角なのでついでに映画を観て帰ろうと思い立ち、上映中の6本の中から上映開始時間が一番遅くてちょうど都合の良い「硫黄島からの手紙」を観ることにしました。

映画館で映画を観るのは、9月のお彼岸の墓参りの帰りに妻と一緒に南大沢のシネマコンプレックスに寄って以来ですから、ほぼ3ヶ月振りです。仕事帰りの人も観られる平日の最終回なので、ほぼ8割方席が埋まっていました。上映1時間以上前に買った私の指定席は2階の2列目の真ん中でほぼベストの席ですが、沢山の人にかなり迷惑をかけないとその席に辿り着けません。ようやく席に着いてからも、先ほど無理して通していただいた隣の見知らぬ女性に肘がぶつかってしまわないよう、ずっと気遣って小さくなっている必要がありました。2時間これに耐えるのは大変だなぁ、というストレスが最初に来ました。要するに、私は、以前よりかなり太って、しかもかなり我慢強さを失っているということです。でも、間違いなく確かに、郊外のシネマコンプレックスの方が封切舞台挨拶のあった有楽町の映画館より、座席の幅や前後のゆとりがはるかにゆったりしていました。

映画館の迫力はやはり家庭では絶対に味わえないものです。スクリーンの大きさと相対的な位置関係は自宅でフルHD大画面TVに向き合うのとちょうど同じようなバランスですが、映画館の大空間の暗闇の真ん中にいて、ドルビーサラウンドの大音響に包まれる臨場感と迫力は、家庭の狭い空間では絶対に味わえないものです。何より、映画に集中する以外にないという環境に置かれることが全く違います。

さて、前置きが長引きましたが、本題の「硫黄島からの手紙」を観た感想です。単に良かった悪かったという評論的なものを沢山見かけますが、一観客としての感想というのは、本来、その映画を観て、何を想ったか、どのようにインスパイアされたか、ということが一番大切なような気がします。

「硫黄島からの手紙」は、日本人俳優だけが日本語だけで演じる異色の(間違いなく初の)ハリウッド映画で、「父親たちの星条旗」という映画の製作検討過程でその「二部作」として企画されたものです。したがって、そもそも「父親たちの星条旗」という映画は、どのような製作意図をもって企画された映画なのかを考えてみたくなります。

「父親たちの星条旗」は、「アーリントン国立共同墓地」に築かれている巨大な「合衆国海兵隊記念碑」銅像のそもそもの「謂れ(いわれ)」に踏み込んで、その「象徴するもの」に正面から向かい合おうとする映画です。その銅像は、人物の大きさがそれぞれ10メートルもあり、全体の重さは100トンもある、まさに巨大なモニュメントなのだそうです。

<2007.1.10 追記>
地図やウエッブサイトで調べてみると、アーリントンは、首都ワシントンD.C.の一部であったこともありますが、現在はポトマック川を隔てたバージニア州に属する郡で、アーリントン国立墓地はそのバージニア州アーリントン郡の中にあります。合衆国海兵隊記念碑は、アーリントン国立墓地の中にではなく、アーリントン郡内の国立墓地に隣接する場所に建設されています。バージニア州アーリントン郡内には、ポトマック川沿いに広大な国立墓地を挟んで国防総省があり、ワシントン記念塔とペンタゴンと合衆国海兵隊記念碑は、ちょうど正三角形に近い位置関係にあるように見えます。合衆国海兵隊記念碑の敷地は、地図で見てもかなり明瞭な大きさの広さがあります。


おそらく、あらゆる巨大なモニュメントがそうであるように、ビジュアルの銅像の方が、その「謂れ(いわれ)」よりはるかに広く国民に知れわたっているのではないかと想像されます。そして、あらゆる巨大なモニュメントがそうであるように、広く国民に何らかの心情を訴えるために建立されたはずです。「合衆国海兵隊記念碑」銅像は、けして硫黄島の戦士だけではなく、国のために戦い命を落とした全ての「英霊」と「英雄」の象徴として認識されているものだと考えられます。

国のために戦い命を落とした全ての「英霊」と「英雄」の象徴になっているモニュメントの、そもそもの「謂れ(いわれ)」に踏み込んで、戦争の真の姿を問い直すということは、現に今も戦争が行われており、戦死者が続いているという国の状況の中では、どれほど重い問いかけになることでしょう。戦争犠牲者の遺族たちはどう感じるでしょう。今戦地に家族を送り出している人々はどう思うでしょう。戦争肯定派・戦争反対派はそれぞれどのように反応するでしょう。いかに言論自由の国とはいえ、非常にデリケートで危ない領域に踏み込んだ映画にならざるをえないと思われます。すなわち、「父親たちの星条旗」は、過去の「硫黄島の戦い」の真実を描こうということではなく、60年前の「硫黄島の戦い」を舞台にして、現在の戦争の話をしようとしたのであることは疑いありません。

これを、少しジャーナリスティック風な「論評」の仕方で表現すればおそらく次のようになります。

2001年9月11日の同時多発テロ事件から5年が経過しようとしていて、「テロとの戦い」と銘打たれ国民大衆から熱狂的支持を受けて始められた戦争も、もうすぐ5年近くに及ぼうとしているわけです。しかし、「テロとの戦い」も「悪の枢軸」打倒もあまりうまくいっておらず、戦争は長引き犠牲は累増し、勝利も敗北も定かではなく出口が見えないという行き詰まり感が広まっています。そういう「大衆的情緒の著しい移ろい」に対して、急ぎすぎずかつ遅れすぎないよう、多くの観客のシンパシーを獲得しやすい「頃合」を慎重に見計らって、製作が企画されたのが「父親たちの星条旗」なのではないかと思います。そして、2006年10月に一般公開され、実際、かなりの話題獲得と興行成績をあげることに成功したようです。

これで正しい論評になるのかもしれませんが、これではどこか表層的で、本質的な「重さ」を全く逸らしているように聞こえます。

さて、同じ戦争を「反対側」から見た「硫黄島からの手紙」を同時に作ろうとしたところに、この二部作のきわめて大きな価値があるように思われます。つまり、敵の側にも、国のために戦い命を落とした「英霊」と「英雄」がいたのだということです。どちらの側も尊い死だったとすれば、いかに戦争が虚しくおかしなものなのかが一層明白になります。本来、むしろ、日本側が「父親たちの星条旗」を、アメリカ側が「硫黄島からの手紙」を、大事に観るべきです。戦後60年以上を経過し、今は国同士も比較的友好的な関係にあるので、かろうじてこういう二部作を作ることができたのではないかと思います。本来、殺し合いの戦争をした国の間で歴史認識を一致させることなどは到底出来るはずはないことです。したがって、そのことで言い争うこと自体が不毛な争いです。

「硫黄島からの手紙」に対する日本側の「論評」は、歴史認識あるいは事実認識に大きなずれがないなどと、好意的なものがほとんどです。しかし、現在から未来に向かうという現代的な意味についての認識はほとんど希薄です。自国の「英霊」と「英雄」を悼むときには、かつての敵国の「英霊」と「英雄」を同時に悼むのでなければ、戦争が本当に終わったとはいえません。勿論、この国だけでなく、アメリカを含む全ての国が、敵国の「英霊」と「英雄」を同時に悼むような姿勢に全く欠けています。ですから、これは、けして日本だけの問題ではありません。アメリカの問題でもあるから、こういう二部作が作られているわけです。

「硫黄島からの手紙」は、アメリカ国内の一般公開(12月20日)に先立って日本で先行公開(12月9日)されているようです。ほとんど日本映画に見える「硫黄島からの手紙」は、どのように公開していくかが難しい面もあったでしょう。今のところ、アメリカと日本以外で公開される予定はないそうです。しかし、「父親たちの星条旗」を十分論じ合った批評家たちの「硫黄島からの手紙」に対する評価はきわめて高く、むしろ「賞狙い」も可能な状況になってきて、実際に、いくつかの批評家賞受賞や賞候補ノミネートがされたようです。

私個人の「論評」としては、この「硫黄島からの手紙」は、よく出来た秀作ではあるものの、やはり単独では手放しで賞賛できるほどの傑作とは思えません。「現在」の時代背景や、それに踏まえた「父親たちの星条旗」との「二部作」として、非常に価値のある傑作といえるのではないかと思います。

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