健康寿命世界一

 国際的な意識調査でみると、日本は、「自国民であることに誇りを感じる」人の割合が他国に較べて少ないという実態にあります。しかし、同時に、誇りを「全く感じない」という否定的な人の割合も他国に較べて少なく、したがって、自国民であることの不満はけして大きくないということが推定されます。勿論、自国への不満は多々あるでしょうが、だからといって、この国を捨てて逃げ出したいという人はきわめて少ないでしょうし、また逃げ出して行きたくてもそれほど良い国が世界に存在しているとは思われません。資産や能力が抜きん出て高い場合は別として、平均あるいはそれ以下の普通の人が生きていく上で、この国は世界の中でもかなり良い方に位置する国であると思われます。そのことを少し検証していきます。(この記事は2007年1月にアップしたものですが、2014年10月に末尾に<追記>を加えました

人口問題のうち高齢化問題は、長寿化によっても生じます。「世界の平均寿命ランキング」を見ると、日本は、世界一の長寿国であって、しかも平均寿命だけでなく健康で生きられる期間を示す「健康寿命」でも世界一を続けています。

寿命ランク表
世界寿命分布


平均寿命の長さは、一人当たりGDP(概ね「豊かさ」の水準を示す指標として使用)とかなり高い相関性が見られますが、その傾向値より平均寿命が長い国は、医療等への政策的資源再配分が大きい高福祉型の国が多くなっています。

したがって、社会主義国は総じて一人当たりGDPランクより平均寿命ランクの方が高い傾向にあります。しかし、最大の社会主義国であったロシアは全くその例外になっています。一人当たりGDPは旧社会主義国では一番高い方にあるにもかかわらず、平均寿命は北朝鮮よりも低い旧社会主義国最低水準にあります。ロシアの、とくに男の平均寿命の著しい短さは重要な点で、「社会実情データ図録」でもいろいろな分析を試みています。きわめて要約的に言ってしまえば、ロシアの国民は、20世紀を通じて平均寿命が短くなるような過酷な困難を何度も経験してきているということです。革命戦争・スターリン粛清・農業政策の失敗・第二次大戦・社会主義崩壊などが、ロシア人の寿命を大きく左右してきたのです。ロシアの国民全体のことを考えるときには、その過酷な運命の歴史をしっかり理解しておく必要があるのではないかと思います。

さて、日本に戻って、「寿命の延びの長期推移(日米比較)」を見てみると、私が生まれたほぼ半世紀前の1950年まで、日本の男性の平均寿命は米国よりも概ね10歳以上低い40歳代という低水準でした。しかし、戦後のごく短い期間に衛生環境の改善等によって平均寿命が劇的に延びて米国に近づき、「国民皆保険」が実現された1960年以降は米国を追い越して、ついには長寿世界一の国になっているわけです。

寿命推移比較


日本は一人当たりGDPが12位ながら「健康寿命」は75.0歳の1位で、スエーデンも一人当たりGDPが18位にも関わらず健康寿命は73.3歳で日本に次ぐ2位です。これに対して、米国は一人当たりGDPが2位にも関わらず健康寿命は日本より5歳以上も短い69.3歳で世界23位にあります。これは、米国では日本と比較して貧しい人は十分な医療が受けられないからです。

国民皆保険のような社会保障政策を行い更にその内容充実を行っていくと、当然社会的なコスト負担が増大し、いわゆる「大きな政府」の問題が生まれてきます。大きいか小さいかはそれこそ比較の問題ですから、国際比較をしてみることが必要です。これについては、「国民負担率を構成する租税負担と社会保障負担の推移(各国)」で比較されています。



国民所得に対する租税負担と社会保障負担の合計国民負担率でみると、各国の政策的な違いがきわめて鮮明に浮き上がります。米国は、「小さな政府」を目指して1970年の33.1%から2003年の31.8%に負担率低下を実施しています。これに対して、高福祉・高負担の代表ともいうべきスエーデンは、1970年ですでに高水準の55.4%であったものを2003年の71.0%へ更に負担拡大させています。この両極の中間にある欧州先進国では、ドイツとフランスが負担拡大政策をとったのに対して、英国は米国同様「小さな政府」への縮小を行っています。これは33年間の変化ですから、単にレーガンやサッチャーの政権による政策変化ではなく、その間の国民の選択傾向の結果であるといえそうです。

さて、その間に日本は、1970年の米国よりも低い24.3%という水準から2003年の37.7%にまで国民負担率を拡大して福祉政策の充実を行ってきました。それでもまだ英国より「小さな政府」であるように見えますが、実際は「財政赤字」によって財源不足を賄っているので、租税負担率23.0%に財政赤字6.1%を加え、負担率43.8%とするのが妥当と考えられます。政府は、将来的な国民負担率目標限界水準を50%(すなわち英国程度)としているようですが、すでにその限界にかなり近づいているということになります。

さて、寿命が延び高齢化が進むと必然的に医療費が増加します。「高齢化とともに高まる医療費(各国比較)」を見ると、高齢化と医療費の増加の関係には国別に大きな違いがあることが分かります。



日本は世界一の著しい高齢化進行にもかかわらず、医療費増加は相対的に小さい伸びに収まっています。これに対して、米国と英国(およびフランスやカナダ)は、とくに近年、高齢化進展以上に医療費増加率が著しく高くなっています。いわばより高度でより高価な医療や薬品に対する支出が増えているということでしょう。こうなると、市場メカニズムによって医師はますます高度で高価な医療に引かれていき、場合によっては発展途上国を含めた世界から米国や英国に優秀な医師が吸引されていくことになります。日本でも医師は高い所得階層に属しますが、優秀な人は米国に行った方が遥かに最新の技術と多額の収入を得られる可能性が高いかもしれません。

このように見てくると、日本は、国民皆保険による医療が他国に較べ良好なパフォーマンスで実現されていて、その結果「健康寿命世界一」を実現しているということが確認できました。少子高齢化と人口減少の進行という今後の状況変化の中で、この良好な状態をどのように維持して行けるか当然問題はありますが、少なくとも今までのところではそう悪くないということはとても良いことです。
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<追記:この記事に対して以下の質問をいただきましたので、回答をコメント欄ではなく本文に追記します>
(質問)
「乞う、ご教示。10月1日、厚生労働省発表の日本人の健康寿命は男性71.19歳、女性74.21歳で「男女とも緩やかに延び続けている」としています。上掲の表によれば、02年、男女平均の健康寿命は75歳です…」
(回答)
寿命には死亡という明確な基準がありますが、健康寿命には健康の定義によって様々な基準が生じます。健康寿命の世界比較は世界保健機関(WHO)に拠っており、たとえば「平成18年版国民生活白書(内閣府 http://goo.gl/GsjN7z )」でも、『WHO(世界保健機関)“The World Health Report 2004”によれば、2002年の我が国の健康寿命は男性72.3歳、女性77.7歳。』としています。男女計を2で割るとちょうど75歳になります。このWHOの統計は多くのところで引用されてきました。

他方、厚生労働省の健康寿命統計は後期高齢者医療費の増加を抑制していくための政策目標指標として日本政府として独自に調査している統計です(したがって国際比較はできません)。調査方法については厚生労働省「e-ヘルスネット 健康政策( http://goo.gl/tmGFVk )」の中に資料があります(該当部分をみつけにくいので直接にはこちら http://goo.gl/sFWvlG )。この資料では、平成22年の日本の健康寿命は男70.42歳、女73.62歳(単純平均すると72歳)になります。また、厚生労働科学研究所の「健康寿命のページ」(http://toukei.umin.jp/kenkoujyumyou/#qa2)にQ&Aがあります。

問題は、健康ではない余命(平均寿命と健康寿命の差)が男9.13年・女12.68年もあることで、これが後期高齢者医療費を増大させます。政府の目標はこれを縮めることです。当然、平均寿命を短くすることではなく、健康寿命を延ばすことが目標です。10月1日の発表では、健康寿命が緩やかに伸びているとしています。

コメント
コメントありがとうございます。回答は長くなりますので、本文末尾に追記いたしました。
  • 3rdworldman
  • 2014/10/04 11:58 AM
乞う、ご教示。10月1日、厚生労働省発表の日本人の健康寿命は男性71.19歳、女性74.21歳で「男女とも緩やかに延び続けている」としています。上掲の表によれば、02年、男女平均の健康寿命は75歳です。これ、どういうことなんでしょうか。教えてください。
  • 丸山寛之
  • 2014/10/03 12:29 PM
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